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サバ缶とボッコちゃん

青魚と短編小説をこよなく愛するコピーライターです。 ブログタイトルは時々変わります。

ひとの気も知らないで

 

最近「忖度」という言葉が流行って(?)る。

 

【忖度(そんたく)】

(「忖」も「度」も、はかる意)他人の心中をおしはかること。推察。

「相手の気持ちを〜する」 〜広辞苑第五版

 

このところは相手の圧を勝手に感じて便宜をはかった、

みたいな文脈で使われているけど、本来の意味は「推察すること」のみ。

先回りしてあれこれするのは「斟酌(しんしゃく)」だよね。

で、「忖度」の意味を正確に知ると、

コピーを作る時に私が大いに行っているのは忖度だなと思った。 

 

「読み手の心の中に入って書く」とか

「言ってほしいと相手が思ってることを言葉にする」とか

「頭が発火するくらいターゲットのことを想像する」など。

これらは先輩から教わったコピーライティングのコツで、

「一旦主観を後退させて他人の心によりそって書くべし」ということだけど、

実践はするものの成果を出すのはなかなか難しい。

 

共感コピーです、といっても

わかった気になっているだけということもちょいちょいで、

ターゲットはうれしくもなんともなく

響かない上にむしろ不快、ということもある。

例に出して申し訳ないのですが、最近だと

化粧品会社の「25歳からはもう女の子じゃない」や

電車マナー広告の「都会の女はみんなキレイだ。でも時々みっともないんだ」とか…

これらのフレーズは軽く炎上していた。

 

誰かを傷つけたのかな…

共感の幅がちょっと狭かったのかな…

なんとか記憶に残そうと語られた言葉なのに、

見た人は何かにひっかかってカチンときた。

その分届いているのだと思うし、

最近は受け取られ方も厳しいなぁと感じるけど、

商品やブランドに代って言葉を発する以上、

受けとられ方には鈍感でいられない。

ひとの気も知らないで、または知ったような気分になって

書いたと受け取られたコピーは、好かれず宙に浮くみたい。

 

だから「忖度」しまくる。

いまこの言葉は「悪いこと」みたいに使われている(ような気がする)けれど、

本来は、未知の他人とうまくコミュニケーションするための

まじめな行為だと思うのです。

 

一方で、

(続く)