サバ缶とボッコちゃん

青魚と短編小説をこよなく愛するコピーライターです。 ブログタイトルは時々変わります。

いちばん怖いホラー

 

さっき、ものすごく怖い映画を観ました。


CURVE

https://vimeo.com/221821296

(目がさめると主人公は絶対絶命の空間に配置されていた)

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これは、一見してもらうのが早いのですが、

たった10分と短いのに汗が滲み鼓動が速くなり直視できず、、、

心身にかなりダメージをくらいました。

(ここで中断してぜひ先に鑑賞を)

 

・・・

ホラー映画はわりと好きです。

わりと、というのはファンを公言するほど詳しくないけど、

話題作は大抵観るし怖そうだからと避けたりはしないレベル。

わたしの知る限り、ホラーのジャンルには

「ゾンビもの」「スプラッター(血糊が多い)」

「サイコ(人間心理が怖い)」「悪魔、儀式もの(エクソシスト

サスペリアやアリアスター監督関連等)」、

「コメディホラー」「不条理(なんか怖い)」

等々がありますが、

どれも楽しめるし、夜悪夢を見たりはしません。

 

ところが、冒頭の映画はものすごく怖かった…

レビューを読むと、私同様の感想もあるものの

そこまで恐怖におののいている人はそう多くない様子。

では、自分は何がそんなに怖かったのだろう?

少し考えてみました。

 

*閉所空間での逃げられない怖さ

*わけもわからず死ぬことへの怖さ

*すぐ諦めそうな自分への幻滅

*なんとかなるかもという微かな希望が浅はかと気づいている絶望

 

どれも「自分ごと化」?

つまり、「ゾンビがくる〜」とか「首が飛んで血がドバッ!」とか

「ストーカーが追ってくる!」「呪われる!」等なら

他人事のエンタメとして楽しめるものの、

このシチュエーションで自分ならどうする?

みたいな置き換え系になると、

体力や判断力に全く自信がないため

剥き出しの恐怖にゴリゴリ擦られるのだな…と思いました。

 

そうそう、以前観た、

倦怠期の夫婦が大人数のスキューバツアーで潜っているうちに

船に置いていかれて絶海でサメに囲まれる、という

映画(「オープン・ウォーター」。面白いです)も

ものすごく怖かった!

というのは、自分がかなづちで、

夫がXXしたら耐えられないから…(ネタバレ回避)。

 

つまり

*泳げない、体力ない

*閉所空間苦手

*生への執着心薄い

等々の自分の特質により、

「無理!」となるのが早いための恐怖だったのでしょう。

絵空事として見れないものが恐ろしいんですね。

 

というわけで、一番恐怖を感じるのは「絶体絶命もの」。

ホラー映画はともかくとして、

できれば死ぬまで、

 

絶体絶命状況には置かれたくないものです。

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シャッターを押したとき

 

最近SNSで流行してる投稿リレーで

「幼少期の写真をあげる」というチャレンジが回ってきたので

どれにしようかと子供時代の写真を探したら、

ほとんどよそ見してるか仏頂面ばかりで呆れた。

 

見ているうちに、一緒に写っている母が

どの写真でもカメラ目線なことに気づいた。

シャッターチャンスに一番いい顔できる人だったのだな…

なんて一瞬思ったが、ふと。

 

カメラを構えていたのは父だ。

娘を可愛く撮る気がなかったのではなくて、

父はただ母を撮っていたのだ。

シャッターを押したとき、

父は母を愛していたんだな。

 

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過去の自分を見に行った

 

世の中があまりにも早く変わりすぎる!

自分の歩みが遅くなってるから?年をとった?

もちろんそれは否めないけれど。

 

新型コロナという未知のウイルスが瞬く間に世界にひろがって、

半年もしないうちにこれまでの価値観や経済活動や建前をぶっ壊しつつある。

こんな誰も読んでいない個人ブログでもこの状況を(その気分を)

無視して何か書くのが難しく、手が止まる。

ただでさえここ数年、世界のムードにも自分の気持ちにも

影さすことが増えているのに…

 

昔はどんなこと書いてたんだろう?

そう思って、やめて10年ほどもたつmixi日記を読みに行ってみた。

期間は2005〜2012年。

2010年以降はほぼ書いてないので、2008年までの丸4年、

NY同時多発テロ後〜リーマンショック経由〜東日本大震災前の

自分の気持ちと毎日は…?

2005年からいくつか貼ってみます。

 

 

(ココカラ)↓

 

思い出しボヤキ−6 薬の売人  20050705

でっかい口内炎ができてます。

4~5日前に「大きなったらやばいな~」

と思ってたら、みるみる成長。

今や火口直径約1cmのヘニーデ型火山のよう。

熱い物、酸っぱい物、辛い物、爆笑などで激痛。

もうあかんと思い、薬を買いに渋谷の三千里薬局へ。

             

口内炎がこんなにでかくなりました」。

お行儀悪いかもしらんが

何となくちゃんと見せた方がいい気がして、

イィ~っと口を引っ張って患部を薬剤師に。

その薬剤師、いかにも渋谷センター街前らしいというか、

ロン毛オールバックの酷薄そうな若い男。

白衣着てなかったらホスト!?、っちゅーキャラ。

「あ~立派。じゃあこれ塗って」。

チラリと患部を見て軽い動作で軟膏を出す。

ガサガサと薬を包みながらさりげなく切り出す彼。

「…ちなみにどっから見ても癌だぜ、って人が

口内炎です~とかってたまに来ますねぇ」

「!癌!?」

「そう。先が真っ黒いのはね、口腔癌。

そういうのに口内炎の薬塗ってもダメだよねぇ」

「ひ~!これ、違いますよね」

「あなたのは白いから。れっきとした口内炎です。」

 

…ドンヨリ。も~何でそんな話すんだよっ。

前より痛くなった気がする…

この男、絶対私より10は年下だけど

なんかいたぶられた気がするよう。

やっぱ渋谷の売人は悪魔だ。

 

 

ニッポン国の習慣 20050930

「お待ち」。

オーダーしてた金目鯛のカシラが

ようやく焼き上がった。

 

どん!と置かれた皿には、真っ赤な金目のでかい頭。

さっそくエラ周辺や鼻の頭、コロンと真っ白な

目玉の周りなんかを箸でせせりほじって食べる。

特においしいのは、眼の裏のトロトロのところ。

掬ってみると、おおっ、結構でかい。

直径4cm位のコロイド状の輪っかが

べろんとお箸から垂れ下がる。

じゅるるるっ。

「ここ、食べると視力がよくなるよん~」

なんつって。

 

まわりを見ると、落ち着いた雰囲気の

居酒屋らしい居酒屋は、ほぼ満席。

われわれと同時に頼んでたらしい人々のところにも

金目のカシラが行き渡って、みんな静かに

身をせせっている。

ややあって、メガネをかけていた人々が三々五々、

かけていたメガネを頭の上に乗せあげる。

私の連れも「あぁ~うま」と目をぱちぱちさせながら

黒いメガネのフレームをぐいっと額の上へ上げた。

 

隣席で飲んでいた外国人が驚いてキョロキョロする。

「Why?」なんつって。

あのですね、みんな魚の目のまわりとか食べると

メガネの度が合わなくなるんスよ。

エス、一瞬眼がよくなるからデス。

「Oh,I see.」

外国人深くうなづく。

 

出口でお勘定している人がいる。

彼は、財布をしまうとおもむろに頭上のメガネを

再び鼻にかけなおして出て行った。

金目トロトロの視力回復効果は、

ほぼ1時間で消えるというのが定説。

日本の居酒屋ではほんと、よく見かける光景ですよね。

 

・・・なんつって。

昨夜の飲み屋でのヨタ話。

 

 

風邪とおばあさんとみかん 20051216

また風邪をひいちゃった。

日曜日にマッサージに行ったら担当の人がマスクをしていて

ふんぱつして1時間やったらすっかりうつった(と思う)。

風邪ひいてる時は客商売はあかんて。まじで。

首のコリも取れたし、体操のしかたもていねいに教えてくれて

いい人だったんだけどなあ。

 

会社の入室用ICカードを道で落とした。

ら、朝携帯に電話があって、

ベルコモンズの裏に住んでいるというおばあさんが

拾ってくれていた。お礼の紅茶を持って取りに行く。

待っていてくれたのは、声で想像していたよりも

ずっと年をとった細くて小さなおばあさんだった。

お礼を言ってしばらく話してそこを辞去しようとした時

「これを機会に・・・」と彼女は言いかけた。

私も「はい」と答えてすぐ黙ってしまった。

カードケースに名刺を入れていたので

電話がかかってきたのだが、

ちょっと考えると、それごと返してもらったから

彼女からもう私をたどる手立てはない。

それに二人とも気がついてしまったからだ。

私は彼女の住所を覚えているので訪ねていくことはできる。

だけど。

何をきっかけに行くのか?

行く気持ちになる時が来たとしてそれってどういう時なんだろ?

だけどなぜ私はもう一度名刺を渡さなかったのか?

または、渡そうかと一瞬でも思ったそのことの方が無責任なのか?

あとでいろいろ考えてやるせなくなった。

 

昨日は某プロダクションさんのお呼ばれ忘年会。

その前にも用事があり、夜も10時を過ぎてから

慌ててみかんをお土産に買って駆け込んだ。

みかんはそのプロダクションの近所のお店の。

値段もバレバレだし大きいだけでレアものでもないし、

本当に私ときたら気がきかないことはなはだしい。

この会に一人で行くのは初めてで、

広い会議室の中にはよその代理店の方や

有名クリエイターの方がわんさといて、怯む。

仕事でお世話になっているプロデューサーが

そばに来てくれて、いい年して人見知りの私の相手を

ずうっとしてくれた。

有り難かった。

 

善意とは何だろうか。

なんてことをうっすら考えた一週間でした。

 

 

ずるいぞ全員片思い 20050422

今、テレビでアニメのハチクロハチミツとクローバー

をやっていました。

お話は、美大を舞台にそれぞれが恋の花を咲かせつつ

微妙に業界(建築業界、デザイン業界など)裏話が入る、

ほどよく現代的な、オタク志向もちょっと満足するラブコメです。

 

このアニメのキャッチフレーズは

「全員片想い」というのです。

なかなか共感できます。

きっとそれは「全員」というところに起因するのでしょう。

このアニメ(テレビの)のそこがキライです。

みんな平等、という感じがうさん臭いです。

 

現実はきっと違います。

簡単に両想いになる人と、いつまでも片想いの人が

ほとんどだと思います。

 

↑(ココマデ)

 

 

最後のはちょうど15年前の今日。

元気よく率直に、一生懸命楽しんで書いている。

新型コロナ禍の前を生きてた自分か…

こりゃ〜また元気出さなきゃね!

 

 

切手を買いすぎる

 

請求書の封筒に切手を貼る行為が好きだ。

宛名を書いた封筒に請求書とお礼の一筆を入れて封をすると、

さぁ終わったぞ、やっとお代を頂戴できるぞ!

といううれしい気持ちになって、しめくくりとして、

「さて〜どんな切手を貼ろうかな〜」と考える。 

 

絵柄はその日の気分や受け取る人の趣味に合せて選ぶ。

女性にはかわいいイラストや北欧の記念切手、

鉄道オタクの(かどうかは不明だが電車がお好きときいた)

方には鉄道記念切手、

金額がまあまあ大きいと気分的に格調高い美術館の切手にしたくなるなど…

郵便局に行くと、季節ものやひんぱんに更新される記念切手の

珍しかったり可愛かったりする絵柄が数種類は揃っていて楽しいし、

惜しまず使う用となんとなく保存用に2シートずつ買っていた。

 

ところがフリー稼業も5年目を迎え、

毎月出している会社にいつも同じ切手だと

「あまり繁盛していない人」に見えることに気がついた。

切手シートは1シート10枚で、

バンバン請求が切れるほど案件が多いわけではない私の場合、

1シートでかなりもつ。

ぐりとぐら」の絵柄が発売された時はうれしくて

5シートも買ってしまい、今月ようやく消費しきった。

購入は1種類1シートずつでいいんですね。。

また先日郵便料金が上がったため、

ほわほわの体毛が愛らしいウサギの2円切手を

毎度82円切手の横に貼って出さねばならなくなっている。

これはスマートではないかもしれない。。

この人いつまで82+2円?みたいな。

84円切手を買い直すべき?まだ82円山ほどあるんだけど…

 

などブツブツ思いながらではあるものの、

切手を貼っている時はちょっとニコニコしているはずなのです。

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ガラパゴス

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だいぶ間があいてしまい明日で2019年も終わり。

もう一つくらいは書いておこうと思ったので、

今年印象に残ったエピソードを。

 

9月にトルコに旅行した時のこと。

申し込んでいた国立公園カッパドキアの「奇岩ツアー」に

日本人の大学生4人組がいた。

ツアーは大きめのバンに様々な国の観光客が14~5人で、

ガイドが歴史や見どころを説明してくれる。

大学生は男女2名ずつでWとKのインカレサークルメンバーの

卒業旅行(と話していた…耳ダンボ)のようだったが、

サークルのことなどをずっと4人だけでしゃべっていて

何度か「シーッ」と注意されても悪びれる様子もなく、

彼らだけの世界を作っていた。

 

散策中一緒になった同じツアーのタイ人が

「It's a behavier of that Japanese kids !(あの子たちの真似〜)」と

キャアキャア騒ぐ振りをして連れに

「Stop it.(やめろよ)」とたしなめられたりしていて、

他の客も大学生たちになんだかなぁという空気になっていた。

ツアーが終わり客を順にホテルまで送る段になって

あいさつもお礼も言わず彼らが降りた後で

ガイドの男性が「The party was over.」と肩をすくめた時には、

(こういう書き方はしたくないけれど)

同じ日本人として本当に恥ずかしかった。

 

あまりに幼稚だと思った。

自分たちだけで世間が完結しているのだろうけど、

いろんな人が参加しているのがツアーだよ?

トルコまで来て学食のおしゃべり!?

お金を払っているから好きに振る舞っていいってことないんだよ。

周りと調和して気分良くすごすのがマナーでしょうが(怒)

件のタイ人に、あの子たちいくつくらい?ときかれて

20代前半だと言ったら、

「中学生かと思った」と驚いていた。

 

そしてもっと気になったことがあった。

 

途中、土産物屋に寄った時、

店頭に可愛らしい手編みのブレスレット(トルコには芸の細かい

手芸品がたくさんある)を見つけた大学生男子が

「これ女子喜ぶんじゃね?こういうのあげたらすぐヤレるかな」

と悪びれもせずに隣の女子に言ったのだ。

若い男だからそういう軽口も叩くだろうと思ったけど、

目の前の女友達に言うかなぁ。

少なくとも自分の頃は(時代のせいかどうかは不明)

男子は女子を前にしてそんなことは言わなかったな。

 

さらに仰天したのがその時、話しかけられた女の子が

「ヤレる。こういうの持ってたら絶対ヤレるよ」と言ったこと。

ええ〜〜!?女子が同調する?何その気遣い!?

 

そこでふと、その女の子たちがかわいそうになった。 

大事にされてないんだなあ… 

あんな気持ち悪い同調の言葉を口にしたのは、

さばけた女だと思われたかったのか

たしなめて空気が微妙になることを避けたのか、

その男子に嫌われたくなくて萎縮したのか。

 

小さくてもこういうセクハラシーンが普段からあるとして

いつも同調して流して鈍感になっているのかもしれないけど、

その度にココロは少しずつ傷ついているはずだ。

こういうチクっとした痛みは馬鹿にできないと思う。

繰り返しているうちに自分を大切と思う気持ちや誇りが縮んでいくと思う。

 

人との関わり方やダイナミクスが変わってきてる感。

最近メディアや街角(電車の中とか)などでも

うっすら感じてはいたのだけど…よろしくない感じ。

 

以上、旅行中の短時間の出来事でしたが、

ずっとひっかかっていたのであります。

 今年最後の更新がネガなトピックで不本意ですが。。

 

 

 

「ならわし」と「脱線」

 

テレビの甲子園、選手も観客も暑そう…

最近の夏は過酷だし、東京ドームみたいに

屋根&空調付きの場所でやればいいのに。

と思ってはみたものの、「めざせ甲子園!」。

ここが聖地だもんなぁ。

…以下、夏の昼下がりにとりとめもなく考えたこと。

 

こういうのは「風物詩」というか「ならわし」というんだろうな。

「ならわし」は基本的に大切にすべきだけど、

環境や時代の常識に合わなくなっているものもありそう。

でも長く続いてきた慣習ほどアンタッチャブルというか

見直しにくいんじゃなかろうか。

反対する人もいるだろうし。

単純に変えるよりも続ける方がラク、というのもあるかも。

 

ちょっと前から、小中高の「マスゲーム」が危険だといわれて

禁止や段数制限しようという動きになっている。

下段の子達は重くて大変そうだし最上段の子は落ちたらケガをする。

だけど、そんなハラハラのパフォーマンスなのに

そこには一体感や純粋さがあって、やる方も見る方も感動してしまう。 

たとえ安全性重視の方向に指導があっても

やらせてください!という生徒が絶えなかったり

希望をかなえてやりたい親や先生もいて(心情的にはよくわかる)、

やめてしまうのは簡単ではなさそうだ。

こういう「ならわし」には、外野の指導くらいではなかなか止められない

魅力や魔力や心情的な枷があるんじゃないかしら。

 

そこで思い出したのがシャーリィ・ジャクスンの短編「くじ」。

ある日ある村の広場で、くじびきの儀式が行われる。

村人たちが集まって順にくじを引き、

当たった女性がみんなから石で打ち殺される、というお話。

 

この話が怖ろしいのは、

ご近所さんをみんなで殺す、という行為だけではなく

ずっと昔から続いているというその儀式がいつ頃からなぜ行われているか、

村長も村人も誰一人として知らないということ。 

人々も軽口や雑談なんかしながら集まり、

「誰それさんがまだ来てないよ〜」と声があがると

みんな気長に待って(欠席は許されない暗黙)、

「やぁ遅いぞ」「すまんすまん」なんてのどかな雰囲気で始まる。

くじの木片もくじ箱も文字が薄れて読めなくなってるほど古びて

儀式の順番もすでにあいまいになっていて、

「端の人から引く」というざっくりした方法で行われる。

当たった人の恐怖はさぞかし、と想像するのだが、

全てが平常心のカジュアルな雰囲気の中、

当人さえ少し抵抗したり焦ったりするだけで死を実感する間もなく、

手に手に石を持った村人たちに打ち殺されてしまう。

終わるとまた人々はのんびり散っていく。

 

これって「ならわし」に全く疑問を持つことなく続けてきた

思考停止の恐ろしさを描いている話ではないか…

(と今ごろ気づいた。大好きな短編:)

 

なんでも新しくすればいい、というものではないし、

古臭くても保守的でも守っていくべきことはたくさんある。

が「そういうもんだ、ならわしだから」に含まれるブキミは、

確かにあるなあ。

 

・・・

球児の汗からえらいこと脱線してしまった。。

酷暑の甲子園、みんな倒れないといいな〜

…そうか!

甲子園にドーム屋根と空調をつければいいんじゃん!

 

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真剣な打合せ

 

いまカフェで仕事しているのですが、

隣席というか背後の席の会話が筒抜けで困ります(困らない)。

私は外に面したカウンターに座っていて、

真後ろの二人席で男性二人が仕事の話をしています。

・・・どうも、お金の話です。

 

その話とは、ひとりの「できない」社員の給料について。

憤慨しているのは私の真後ろにいる彼で(顔は見えない)たぶん経営者、

話をきいている方の彼は丁寧語なので、後輩か部下でしょう。

どうも、ここにいない問題の彼が、外に制作を「丸投げ」していて、

予算管理がルーズでリスクを考えておらず、経費も使い過ぎな上に

給料も高く取りすぎる、ということのよう。

その彼は私生活でも毎月どこぞに数十万の支払いがあるそうで、

そういうことも社長にとっては「ありえないだろ」と。

きいている方の彼は経理担当で右腕という感じなのかも。

彼にそんなこんなを注意して次のギャラの額を告げよ、

ということのようでした。

 

・・・振り返ってみました。

若い。二人ともポパイに出てきそうな服装の30代。

経営者らしい方の彼は「細かいと思われるかもしれないけど」と言いながら

びっしり数字の入ったノートを前に真剣でした。

 

聞こえてしまってごめんなさい。

人を雇うのって大変だな。

ひとりで開業している自分は、良くも悪くもこういう

「スタッフを抱えるリアル」は知らないままだな、

と思った次第。

 

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